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マリア布教修道女会

生き方と使命を示すたった二つの言葉

Sr.テレザ・ベッロ
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2026年05月21日

聖ザベリオ宣教会の姉妹会である、私たちマリア布教修道女会の各会員にとって、果たすべき使命、歩みを進めたいという望み、そして魅力的な愛の力を持つ2つの短い言葉があります。

一つ目の言葉は「すべて」。1994年5月24日、私たちの創立者の一人であるチェレステ―ナ・ボッテゴが受け取ったベラスケスの十字架の絵葉書に書かれていた「すべて」という言葉は、その日、十字架につけられた神を表していました。その十字架から、神は何も求めていませんでした。何の見返りも求めず、ただ自分自身のすべてを捧げ、支配されることなど考えも及びません。しかし、十字架を見つめていた彼女にとって、それは人を惹きつける力となり、その愛に出会い、再び神と一つになりたいという、深く強い願いへと変わりました。彼女自身が語るように、十字架とともに記されたこの「すべて」の言葉から、自分自身ではなく主だけを求めるためには、「はい」と答えなければならないと悟ったのです。こうして、彼女は自身を大いに悩ませ、自身の日々の計画を根底から立て直さなければならないとしても、宣教家族を生み出すであろう「はい」という返事をしたのです。

 その「はい」が私たちの二つ目の言葉です。マードレ・チェレスティーナにとってその「はい」は容易なものではありませんでした。若さの頃の「はい」は、目標の美しさに心を奪われ、少しばかり理想化しながらも喜びにあふれて身を投じるものです。しかし、彼女はすでに50歳。人生の中で現実を見つめ謙遜になっていた彼女は、「私は神の事業を興すよりも、壊すほうが適していますよ…」ときっぱりと答え、聖サベリオ宣教会の姉妹会の創立に協力するための2度の招きを断りました。しかし、神の霊が彼女の中で働き、彼女は変えられてゆきました...。自分が行うことに満足してはいましたが、自分自身には満足せず、巣に落ち着くように居座ることは決してありませんでした!この50歳での「はい」は、彼女が識別力のある人で、聖霊の導きを常に心に留め、たとえそれが自分を悩ますものであっても神から来る新しいものを受け入れるために心を開いていることを意味していました。

彼女は常に前進し続ける女性で、その心に宿る神の霊が、新たな計画を提案し、確信した境界を更にあえて超えて進むよう励ましてくれました。そして彼女はそれを理解し調和しようと努め、必ずしも明確ではない道へと踏み出していきました!彼女が進む勇気を持てたのは、自分の力や無益な自発性に突き動かされていたのではなく、神の愛に惹かれていたからです。彼女はその愛を見つめ、十字架につけられた神を通してその愛について深く考え、自分のすべてを捨てたのです。こうして、彼女は「はい」そして次の「はい」と、神の愛に基づいた本物の生き方に倣うよう努力しました。

私は、なぜ彼女が人生の最後の数日間、「はい、はい...」と繰り返すのが好きだったのか、今よく分かるような気がします。彼女の多くの「はい」は、大小を問わず、復活の神秘によって特徴づけられ、彼女が近づいていたその「すべて」の主にもっと似ることに向けて前進するたくさんの一歩のようでした。

そして今、それは私たちの番です。絶え間ない識別による生き方は、まだその愛に出会っていない人々にその愛を知らせるという使命に加えて、彼女が私たちに残した最初の遺産です。それは、心に多くのことを語った「すべて」の主に私たちの視線を向け続けることによってのみ可能になるでしょう

マリア布教修道女会 Sr.テレザ・ベッロ