アジア宣教大会に参加して 『あなたにとって隣人とは誰ですか?」
2025年11月26日、司教・司祭・信徒含む私たち巡礼団21名はマレーシア・ペナンで開催されるアジア宣教大会を目指しました。
日本から約8時間。現地に近づくにつれ、胸の高鳴りを覚えながら会場へと向かいました。
いよいよ会場入りした私たちは1000人を超える同じ信仰を持つ人々が集う光景に圧倒されました。カトリック信者が人口の1%も満たない日本にいる私にとってこの光景は喜びそのものでした。
今回のアジア宣教大会のテーマは『シノダリティ=ともに歩む」です。
基調講演ではそれぞれのアジア各国の若者が抱える課題が挙げられていました。
コロナ禍以降に深まった若者が抱える孤独や孤立、ネット依存、そして教会離れ。
遠く離れた日本でも同じ問題を抱えています。私たちはいったい誰とともに歩めば良いのでしょうか?教会に通い続けている人?司祭?教会役員?もちろんそれも大事ですが、それだけではありません。
「孤独に苦しんでいる人、そして救いを求めているひとは実は教会の外にいるかも知れない」
このことばは深く私の胸に刺さりました。
では、教会の外にいる人たちにどのようにして神のことばを届けられるのでしょうか?
その課題に対する各国での取り組みが紹介されました。その一つとしてメディアを効果的に使った宣教の実践が挙げられていました。
では改めてこのカトリック人口が1%の日本で救いを必要としている人たちにどのようにしたら神のことばを届けることが出来るのでしょうか?
そして、私に出来ることは何なのか。私に与えられた使命とはいったい何なのか。
大会を通して私は、その問いと向き合い続けました。
私は映画を制作し、上映をしています。私の映画には親しい人や家族の突然の死を受け入れきれず悲しみや苦しみを抱えた人たちが登場します。その人たちが他者との出逢いによって悲しみや苦しみと向き合い、少しずつ前に進んでいく姿を描いています。
そして、私がこのような映画を作り続けているのは、私自身もまた孤独や悲しみを抱え、ときには前に進むことをためらいながら、それでも希望の光を探している一人だからなのかもしれません。
“霊における対話”では、参加者それぞれが置かれている状況を分かち合いました。そこには、同じような悩みや葛藤を抱えている人たちがいました。
その光景は、まさに「シノダリティ=ともに歩む」ことと重なります。
人はひとりでは乗り越えられないことも、誰かとともに歩むことで癒され、希望を見出すことができるのです。
「来た道とは違う道を通りなさい。」
最終日の基調講演で語られたこのことばを心に噛み締めながら、





